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第14話  

「ハクション!」

 人混みで賑わう屋台の中で、篠田初は何度もくしゃみをし、耳まで熱くなっていた。

 「おかしいな、風邪はもう治ったはずなのに、どうしてまだくしゃみが出るんだろう?」

 篠田初は鼻をすすりながら、もう一度風邪薬の顆粒を溶かして飲むべきかどうか考えていた。

 「理由は簡単だよ、誰かがずっとあなたのことを話してるんだよ!」

 白川悦子は東夜新聞を篠田初の前に置き、楽しそうに言った。「初姉、大変なことになったよ。あなたの冷徹な元夫が、二百億円の懸賞金をかけて、あなたを探し出そうとしてるんだから!」

 白川悦子は、白川景雄の二卵性双胎の妹であり、篠田初とは命を預け合う仲だった。

 ただ、白川景雄は下僕のように篠田初を崇拝しているのとは違い、白川悦子は篠田初の一番の悪友のような存在だった。二人が一緒になると、必ずいさかいや冗談が始まり、とても楽しい時間を過ごすのだった。

 篠田初は新聞の内容をざっと読み流し、冷淡に笑って軽蔑したように言った。「そんな虚勢を張る暇があるなら、どうやってシステムの脆弱性を補うか考えたら?何年経っても、松山グループの内部システムは弱いまま。少し攻撃されただけで破られるなんて、全然挑戦しがいがないわ」

 「初姉、あなたって本当に高慢ね!」

 白川悦子は思わず篠田初に親指を立てて称賛し、その後すぐに言った。「でも、初姉にはその資格があるわ。だって、初姉は伝説のハッカー界の神様、名高い『火舞』なんだからね!」

 「松山昌平なんて、あの無表情で冷酷な男は、美しい顔を持ってるだけで頭は全くダメね。こんな宝物のような妻を持ちながら浮気して、他の女を妊娠させるなんて、本当に最低!」

 「彼も考えてみるべきだわ。これまでどれだけあなたが裏で助けてきたかを。松山グループのシステムなんて、あなたが密かに攻撃を防いでこなかったら、もう何度もダウンしていたはずよ!恩知らずめ、今回こそ彼に思い知らせてやるわ!」

 白川悦子は、松山昌平と篠田初のカップルの熱烈なファンだった。ずっと二人が結婚後に愛が芽生え、時間をかけて感情が深まるという展開を期待していた。しかし、結果は、愛は生まれず、代わりに愛人とその子どもが生まれた。その期待は徹底的に潰された!

 くそっ!

 彼女は篠田初本人よりも怒りを感じ、今すぐにでも松山グループに乗り込んで、あの浮気男をボコボコにしてやりたかった。

 その時、店主が焼きたての串と煮込みビールを運んできた。白川悦子はビールを手に取り、まるで水を飲むかのように飲み始めた。

 一方、篠田初はジュウジュウと油が滴る串と香ばしいビールを目の前にしながら、しばらくじっと座ったまま動かなかった。

 「どうしたの、初姉?ぼっとしててないで、飲もうよ!もうすぐ離婚するんだから、自由が君に手を振ってるよ。今夜は酔い潰れるまで帰らないぞ!」

 篠田初は唇を噛み、店主に向かって叫んだ。「すみません、豆乳を一本と、カボチャ粥をください」

 「ブッ!」

 白川悦子は吹き出し、驚いた顔で篠田初を見つめた。「どうしたの、離婚するっていうのに、まだ上品でおしとやかな金持ちの若妻を装おうってわけ?酒も飲まないし、串も食べないなんて」

 「今日、ちょっと体調が良くないだけ」

 篠田初は肝心なことを避けて、誤魔化そうとした。

 彼女は白川悦子に妊娠のことを知らせるつもりはなかった。正確に言うと、誰にも知らせるつもりはなかったのだった。

 昨夜、彼女はすでにある私立病院に予約を入れ、明後日の朝には子どもを堕ろすための手術を受ける予定だった。

 ただ、なぜか、自分でも理由がわからないが、すでに子どもを産まないと決めているのに、お酒や串が子どもの健康に影響を与えるかどうかを気にしてしまうのだった。

 「わかった。あれね。月のものが来たんだね」

 白川悦子は頷き、篠田初に温かい水を注いでくれた。「大丈夫、温かい水をたくさん飲んで。酒は私が飲むから」

 「ありがとう、悦ちゃん」

 篠田初は温かい水を受け取り、心も温まった。

 これまでの自分が最も正しい決断をしたことを思い返すと、それは白川景雄と白川悦子の兄妹を助けたことだと感じていた。

 今、彼らは彼女が最も信頼する存在であり、血の繋がり以上に大切な家族のような存在だった。

 「おや、これは松山家のあの優雅でおしとやかで、外にも出ない若奥様じゃないか?」

 挑発的な声が、嫌味たっぷりの口調で彼女たちの背後から聞こえてきた。

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